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札幌高等裁判所 昭和26年(ネ)108号 判決

控訴人 被告 北海道農地委員会

訴訟代理人 斎藤忠雄

被控訴人 原告 昭和電工株式会社

訴訟代理人 水戸野百治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、(一)被控訴人は本件係争地を近く炭礦用地として使用目的を変更する必要があるから自作農創設特別措置法第五条第五号に該当するも、仮りにそうでなくともその地下は現に石炭を採掘しているから陷没の虞れがあり同条第八号後段同法施行令第八条第二号に該当すると主張し、原判決は右前段の主張については、土地使用目的を変更する必要があつても所轄町農地委員会或は道農地委員会からその旨の指定をうけたとの主張立証がないから失当であるとして排斥したが後段主張の点については市町村農地委員会の認定はその要件とはならないとし本件係争地の一部を除く大部分の土地は陷没の虞れがあるとして同部分の買収取消を認容した。しかしながら前者の指定も後者の認定も所謂行政庁の自由裁量に属するものでその間逕庭なく、後者の陷没の虞れの有無は陷没の程度とこれに基因する農地としての使用価値減少の程度、小作者の解放希望の有無及びその営農形態等諸般の事情を勘案し自由な裁量をもつて決定せらるべきものである。本件係争地については所轄町農地委員会は右に従い自作農を創設するを適当として本件土地の買収を決定したのに拘らず原審が被控訴人の主張を採用したのは明かに違法であつて原判決は取消を免れない。(二)仮りに右の点を差し措いても、本件係争地は陷没の虞がない。すなわち、(1) 係争地の西方に(空知川を越え)ある被控訴会社所有の赤平百八十一番地外十三筆の土地約十町歩は昭和十七年頃陷没の兆候を呈し、次いで水田としての耕作が困難となつたので、右土地内に耕作していた訴外山田謙吉外四名の者に対し被控訴会社が本件係争地の一部すなわち豊里五番地の四外十一筆の土地を代替として貸与昭和二十二年同人等を入地させた。(2) 昭和二十五年十一月頃から本件係争地内に敷地一一、九一一坪、建坪一、七六七坪からなる赤平町立高等学校校舎を建築しつつあるが、右建築は赤平町会の議決を経たもので同町議会議員のうちには被控訴会社従業員四、五名ありその外多数の炭礦関係者が校舎建設のため敷地選定に参画していること。(3) 被控訴会社は本件係争地内に炭住その他の工作物を設置しようとしていること。(4) 本件土地と境を接する北海道炭礦汽船株式会社の所有地上に炭住を新たに建設していること。以上を綜合すれば被控訴会社は本件係争地を陷没の虞はないもの、又陷没の虞を招くがごとき採掘をしないものと予定しているばかりでなく、何人も陷没の虞れないものと考えているからである。被控訴会社が陷没の虞を生ずるような事業計画をもつていないことは被控訴会社の新企画課長である証人植田輝政の証言中「昭和二十五年四月一日から新たな五ケ年計画をたて後藤の沢開発の一部変更と番外層開発に着手したが昭和二十五年八月一日会社機構の変更によりその計画は中止のやむなきに至つた。」と供述している点からみても容易に察せらるるところである。(三)仮りに本件係争地が陷没するとしても、その影響は軽度で同法施行令第八条第二号にいう陷没に該当しない。すなわち陷没の意義はあくまでも法律的概念であつてこれを科学的概念によつて解決すべきものではない。科学的概念をもつてすれば地盤が例えば一寸二寸というごとく極めて軽微に低下しても陷没といいうるであろうが、法律的概念においては当該法条の目的等から所謂目的論的解釈を施す必要がある。この見地に立つて同条に所謂陷没の意義を検討すれば、まず農地買収除外地の一として同法第五条第八号は「新開墾地、焼畑、切替畑等収穫の著しく不定な農地その他命令で定める農地」を予定し同条の委任によつて同法施行令第八条第二号に「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞あるもの」を規定したものであるから、法の目的とするところは要するに陷没の結果収穫に著しく不足を生ずる虞があり、自作農を創設するに不適当な農地を買収から除外しているものと解釈しなければならない。右の解釈に従えば、本件係争地はたとえ陷没しても本条の陷没に該当しないことは明白である。すなわち本件係争地は総面積約六十町歩にわたる広大な農地であるが、実地検証の結果明かなとおり西方の平坦地を除けば概ね丘陵地帯を形成し、而も平坦地内にある約二町歩の水田を除けば全部畑地として耕作されている。従つて農地が平坦地であつたり又は水田として利用されている場合と異り、たとえ石炭採掘の結果陷没を生ずるとしても依然畑地としての利用は可能であるばかりでなくその収穫にいささかの影響も生ぜしめるものではない。このことは本件係争地の西方にある赤平百八十一番地外十三筆約十町歩の陷没地帯をみれば容易に理解できることである。同地は全部平坦地で嘗て水田として耕作されていたが陷没後は水田としての使用こそ排水その他の措置を構じなければ困難であるが、畑地として耕作可能であることは陷没後も引続き最近にいたるまで被控訴会社従業員の菜園として利用した事実に照らしても明かである。(四)本件土地殊に西方の平坦地は赤平町の重要な野菜供給地帯をなしその耕作者仁木由郎外十一名はいずれも専農又は第一種兼業農家である。又本件土地の耕作者は控訴人側の証言にもあるとおりいずれも熱心に本件土地の解放を希望している。

左記(二)の主張について。その主張にかかる六筆の畑の地番及び面積並びに右土地を同項記載のように使用した事実は認める。なお自作農創設特別措置法に基いて同項記載の土地を買収しながら農耕地を廃して学校用地に供せしむることは右買収の目的に反する違法の処分であるというが、買収して二、三年後に客観情勢の変化によつて公共用の建物を設置するための用途にすることは何等違法の処分ではない。その余の被控訴人の主張は理由がないと述べ、

被控訴代理人において、(一)控訴代理人の右(一)の主張に対し、該法条に所謂「近く土地使用の目的を変更することを相当とするや否や」の認定及び「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞ありや否や」の認定は事既存の権利を剥奪するか否かに関するものであるから、純然たる自由裁量に属せず法律上覊束されたものであることは言を俟たない。従つて農地委員会が本来「使用目的変更を相当」と認定すべきに拘らずこれをなさず、又は「買収不相当」と認定すべき場合にこれをなさないで買収の対象としてこれを取上げたのは違法であり、該買収計画及びその訴願の裁決という行政処分の取消訴訟において裁判所がその点についての違法を判断せらるることは当然のことである。要するに前記法条所定の買収除外農地は客観的に定つているものであつて行政庁の自由裁量によつて左右さるべきものではない。ただ法第五条第五号の場合は下級農地委員会が買収を除外するためには規則第七条及び第八条に従い愼重を期するため上級農地委員会の承認又は指定を求むべく同条第八号後段同法施行令第八条の場合は買収計画を樹立する農地委員会の単独認定に委ねられているの差あるに過ぎず、右承認又は指定若くは認定は右法条の規定する買収除外たるべき不可欠の要件ではない。控訴人主張のごとく所轄農地委員会が諸般の事情を勘案して自由な裁量をもつて買収すると否とを決定しうるものとすれば、本法律の目的と精神に背馳する違法な買収であつても救済をうけえられないことに帰着する次第で到底承服しえないところである。(二)控訴代理人の(二)の(2) の主張について。控訴人主張のごとく北海道当局は赤平町をして本件訴訟進行中の昭和二十五年十一月頃から本件係争地のうち左記地域に敷地一一、九一一坪、建坪一、七六七坪の町立高等学校校舎を建設せしめた。

赤平町字豊里一四五番地の一三 畑   三反九畝〇六歩

一五二番地の二  畑   一反一畝十九歩

一五四番地の二  畑    六畝二十四歩

一五七番地の一  畑三町六反四畝二十五歩

一五三番地    畑     七畝十五歩

一六〇番地    畑     二畝十四歩

計              四町三反二畝十三歩

前記地域はいずれも従来農耕地として使用せられ控訴人は自作農を創設して耕作者の地位を安定し、土地の農業上の利用を増進して農業生産力の発展を図る目的をもつて自作農創設特別措置法に基き右土地を買収しながら、農耕地を廃して学校用地に供せしむることは右買収目的に反する違法の処分であるから、この点からするも少くとも右地域についての本件買収計画並びに訴願裁決は違法たるを免れない。(三)以上のほか、控訴代理人の右(一)乃至(四)の主張はいずれも理由がないと述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は甲第一号証、第二号証の一、二(いずれも写)を提出し、原審における証人渡辺敏雄、佐藤四郎、坂田惟雄、植田輝政の各証言並びに検証及び鑑定人佐山総平の鑑定の各結果、当審における証人植田輝政、檜沢千代次の各証言並びに検証の結果を援用し、乙第三号証は不知、その他の乙号各証の成立及び乙第一号証の原本の存在を認めると述べ、控訴代理人は乙第一号証(写)、第二、三号証を提出し、原審及び当審における証人田中吉太郎、相原四治、月館透三の各証言並びに当審における検証の結果を援用し、甲号各証の原本の存在及び成立を認めた。

理由

北海道空知郡赤平町農地委員会が昭和二十二年十月三十日被控訴人所有の原判決別紙第一目録記載の土地に対して自作農創設特別措置法第三条に基く買収計画を定めたこと、被控訴人が同年十一月六日赤平町農地委員会に対して右買収計画につき異議の申立をなし、同委員会が同年同月二十四日異議申立却下の決定をなしたこと、被控訴人が同年同月二十四日異議申立却下決定を不服として控訴人に対して訴願を提起したところ、控訴人が昭和二十三年七月二十三日訴願棄却の裁決をなしたことは本件当事者間に争のないところである。

よつて赤平町農地委員会が昭和二十二年十月三十日なした前記農地買収計画が違法であるかどうかの点を判断する。

まず当審において審判の対象となつている本件係争地(原判決別紙第一目録記載の土地のうち同第二目録記載の土地を除いた部分)が自作農創設特別措置法第五条第八号、同法施行令第八条第二号にいわゆる「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞あるもの」に該当するかどうかの点から検討するに、成立に争のない甲第一号証第二号証の一、二に原審における証人渡辺敏雄、佐藤四郎、坂田惟雄、植田輝政、当審における証人植田輝政、檜沢千代次の各証言、原審における鑑定人佐山総平の鑑定の結果、原審及び当審における各検証の結果を綜合すれば、本件係争地下にはいわゆる上層及び番外の二層の炭層がいずれも走向は南北、傾斜は東方へ六〇-六五度傾いて殆んど本件係争地下全面にわたつて埋蔵されていること、上層群は一番から四番まで四枚の炭層をなしその厚さ合計六米、本件係争地下の埋蔵量は約四百万屯、海面下六百米まで採炭可能、炭質は原料炭として優秀であり、また番外層は上層の上方約百米の位置にあつて、炭層は厚さ一米位のものが三枚あり、本件係争地下の埋蔵量約三百四十万屯、海面下六百米まで採炭可能、炭質は上層よりも劣ること、右のうち上層の第三、四番層はすでに被控訴人において採炭中であり、第一番層も採炭の見込でその他の炭層も採炭の計画中であること、これらの各層の採炭が行われれば本件係争地の大部分は陷没するものと認められ、その陷没の程度は上層群においては、海面下深さ二三〇米以上(既採掘に達すれば最大陷没の程度五〇-七〇%、最大陷没の深さ一、五〇-二、一〇米、深さ二三〇-四〇〇米に達すれば四〇-五〇%、一、二〇-一、五米、深さ四〇〇-六〇〇米に達すれば三〇-四〇%、〇、九〇-一、二〇米となり、また番外層群においては海面下深さ二〇〇米以上に達すれば最大陷没の程度五〇-七〇%最大陷没の深さ〇、七五-一、〇五米、深さ二〇〇-四〇〇米に達すれば四〇-五〇%、〇、六〇-〇、七〇米、深さ四〇〇-六〇〇米に達すれば三〇-四〇%、〇、四五-〇、六〇米となるものと推定され、また上層及び番外の両層を採掘すれば最大二、五米位、その他一米乃至二米位の陷没が多く、東方地区に至るにつれて陷没は減少すること、本件係争地附近において地下の石炭採掘のため陷没がおこり地上の水田を荒廃させたほか、鉄道線路や建築物等にも損傷をもたらした例のあることが認められる。以上の事実を綜合すれば本件係争地は同法施行令第八条第二号にいわゆる「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞あるもの」に該当し、自作農を創設するに不適当の土地であり、したがつて同法第五条第八号によつて同法第三条の規定による買収をしない農地と認むべきである。

なお控訴代理人の主張するように、本件係争地の一部を昭和二十二年訴外山田謙吉外四名に貸与して耕作させていることや、本件係争地に赤平町立高等学校校舎を建築しつつあること、また炭住その他の工作物を設置しようとしていること、本件係争地に隣接する北海道炭礦汽船株式会社の所有地上に炭住を建築していることなどは、たとえそういう事実があるとしてもこれを証拠として前段の認定を覆し本件係争地は陷没の虞がないと認めるわけにはゆかないし、さらに本件係争地はたとえ陷没を生ずるとしても畑地としての利用は可能でその収穫にいささかの影響も生ぜしめないとの主張もこれを認めるに足る証拠がない。その他控訴代理人の主張するところはいずれも本件係争地が同法第三条の規定による買収をしない農地であるとの前段認定を左右するに足らない。而して同法第五条第八号同法施行令第八条第二号の法意は「鉱山又は炭坑附近の農地で陷没の虞あるもの」に該当し、自作農を創設するに不相当と認められるものについては政府は同法第三条の規定による買収をしないというにあり、かかる農地に該当するか否かの具体的認定は一応市町村農地委員会がこれを行うこととしているけれども、同委員会がその認定を誤り買収から除外すべきであるにかかわらずこれをしないでその農地につき買収計画を定めることは違法といわなければならない。

そうとすれば、爾余の点についての判断をまつまでもなく、赤平町農地委員会が昭和二十二年十月三十日本件係争地に対してなした同法第三条の規定による買収計画は違法であり、したがつて控訴人が昭和二十三年七月二十七日なした被控訴人の訴願を棄却する旨の裁決もまた違法であるから、いずれも取消さるべきものである。

これと同趣旨にでて被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 臼居直道 裁判官 河野力)

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